おーばです。
前回、学校で眼瞼下垂を指摘された話を書きました。
今日はその後日談です。
小学校に行く用事があったので、養護教諭の先生にお話をお伺いしてきました。
先日渡された「眼科検診の結果のお知らせ」は
学校内部での呼び名は「受診勧告」というそうです(なので、問題のあるご家庭だけに配布されます)。
「受診勧告」の通知は、とってもデリケートな問題を含んでいるので
私がお話をお伺いしに行ったとき
養護の先生は ひどく身構えていらっしゃるように見えました。
我が家の場合は、すでに診断を受け、治療もしているしこの病気との付き合い方もわかっている(つもり)なので 用紙をもらってもぜんぜん平気だったのですが
なかには(眼瞼下垂に限りませんが)
学校からもらった受診勧告で 初めて病気と知る ケースもあるようで、
その際に、スムーズに「受け入れられる人もいれば
ショックを受けたり ひどく落ち込んだりする人もいるようです。
養護の先生はおっしゃらなかったけれど、
勧告に対して不服を感じれば 学校を攻撃するケースだってあるかもしれません。
受診勧告には
受診を勧めますということと
その結果を教えてくださいということが書かれています。
ただし 強制力はないので
学校から用紙をもらったからと言って「絶対に受診しなきゃならない」というものでもありません。
あとは個々のご家庭の判断によるといえるでしょう。
おや?と思う症状がみつかったとしても
程度が軽ければ勧告通知は出さないこともあるようですし
そのあたりは、診察をする校医の判断によるのだそうです。
受診勧告に押されたゴム印についてもお聞きしましたが、
あれば学校の備品だそうです。(なーんだ)
つまり学校には 眼瞼下垂に限らず いろんな疾患名・症状名のゴム印が常備されているんだということ
そして 養護の先生のことばや表情から、
「眼瞼下垂はそれほど珍しい疾患ではない」と 改めて感じました。
もちろん ひとりひとりにとっては とっても大きな問題であることに変わりないのですが。
さて、
お子さんの「疾患」が見つかることが なんで微妙な問題になるのかというと
それは「親の複雑な心情」が重なるから なのだろうと思います。
このブログでも繰り返しとりあげていますが、
母親は わが子の病気や疾患に向き合うとき たいてい、一番最初に
「わが子をちゃんと産んであげられなかった責任」を感じてしまうものです。
このときに、身内がフォローしてあげればよいのですが
一昔前まで 夫や祖父母に生んだ子の責任は母親にあると 断罪されるケースがあり、
母親は もう立つ瀬がないくらいに 突き落とされるんですよ。
そういった孤立無援の状態になってしまうと、母親自身が自分の子の疾患を受容しにくくなってしまうし
そういった心情は、患者であるその人のお子さんにも向けられてしまうという
そんなこともおきたりするんですね まぁ、これは極端なケースですが。
学校も、一枚の受診勧告の通知には そういった重い意味がこもることがあるのを知っているので
その対応には とても気をつけていらっしゃるんだろうと
そんなことに考えながら 学校から帰ってきたのでした。
2011年05月21日
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