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2011年09月09日

ポリサージャリーになってしまうもうひとつの理由

眼瞼下垂の患者支援活動をしているおーばです。

シリーズ企画「眼瞼下垂のおーばが語る『整形』のおはなし」
5回目の今日は、
ポリサージャリーになってしまう もうひとつの理由 というおはなし。
なんだか 毎日耳慣れない言葉が飛び出してきますね・・・。

まずは ことばの説明をいたします。
ポリサージャリーは「連続する」「外科手術」の事を指します。
なので、消化器の病気で何度も開腹手術をする場合にも、ポリサージャリーといいます。
今回のテーマ『整形』の分野においても ポリサージャリーはあります。 
今回の記事を書くにあたってポリサージャリーの定義を調べてみると・・・
「不必要な手術を受ける嗜癖を持つ患者」
という言葉も出てきました。
その繰り返しの手術は ほとんど実効性のないものである・・・とも。

今回は、みなさんにわかりやすく説明するために 最初に結論をお話します。
手術を受ける(=治療してもらう)ことで 安心をしたり満足を得ようとする 
・・・そういうことになるのだと思います
その奥には「自分には まだまだ 治療する手立てがあるのだと思いたい」
という気持ちが 隠れているのがほとんどなのです。

どうしてこういう状況になってしまうのかというと これまでにもお話してきたように
今の自分の顔は、本来自分が望んでいる顔ではないという気持ちが
続いているからだと思います。

2005年のあるお医者さんのブログが ポリサージャリーの問題に言及していました。
こちらも、是非お読みいただきたいと思いました。

上記記事でも書かれていましたが
たとえば 眼瞼下垂の患者さんが「まぶたの問題」に こだわって こだわって 
いろんな病院を探し回ったり(ドクターショッピング)
繰り返しの手術を求めたり(ポリサージャリー)
時にはその手術に納得できないと 病院側を責めたりするのは・・・
「まぶた」をスケープゴートとして、そこに執着することで
その奥にある「患者自身の抱えるこころの悩み」を解消させようとしているようにも思うのです。

ところが、何度手術をしても「こころの悩み」はその手術によっては解消できませんし
手術を繰り返すほどに、「また、だめだった」と落胆します
そして不思議なことに、そういう人たちって「あきらめない」んです。なんどでも繰り返す。

医療者の立場からすると これはもう「困った患者」ってことになります。
眼科や形成外科にしても、美容外科にしても
今回のケースのような患者さんは 来てほしくないのが本音だと思う
手術しても、きっと本人は満足しないだろうし ひょっとしたら訴えられてしまうかもしれない。

そういう患者さんに 精神科領域の診療科を勧める病院は多いです。
一見、冷淡な対応のようにも思うかもしれないけれど結果的には良心的ということになると思う。
精神科(あるいは心療内科や神経科)の外来でも、そこを受診したからといって
こころの問題が一気に解決したりするわけではないのだけれど
少なくとも、本人やその周りにいる家族にも「考える機会」を与えてくれるから。

逆に、患者の求めに従って「ほとんど意味のない手術」を引き受ける医師がいたとしたら
「やってもやらなくてもいい手術」をすることは結果的に患者さんのためになっていませんし
それは自分の病院の利益を得たいために行うものだと思います。

 *   *   *

今回までは私の見・知っている 眼瞼下垂も一部含めた、『整形』手術の現状
数回に分けて書かせていただきました。
こういう話は 書いていても とてもつらかったです・・・。 
次回からは、「解決編」。ぜひ 引きつづきお読みいただきたいと思います。

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posted by 大場 美津子 at 05:48 | Comment(0) | 管理人のことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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