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2010年02月02日

悲しい物語はもういらない

突然ですが 今回はたとえ話です。

こんなお母さんと こどもが います。
みなさんは どうおもいますか?



  わが子が生まれた。片目がなかなか開かない。 
  どこの病院に行っても理由がわからず 
  「そんなに気にするものではない」と あしらわれる。

  母親は、親族から
  「あなたのせいで 赤ちゃんの目が・・・」と責められる。
  母親自身も 何故?どうして?
  自分のせいなのかしらと 苦悩の日々が始まる。
  
  こどもは日々成長する。
  写真をとるたびに 悲しくなる。
  公園やお買い物に連れて行くと、誰かから何か言われるのではないかと思うと、怖い。
  ・・・自分の子なのに 心底愛することが出来ない。

  こどもが学校に行くようになった。
  こどもはある日、友達から自分の目のことをからかわれたという。
  「ママ。自分はどうしてこういう目なの?」と聞いてきた。

  言葉に詰まる。忌まわしい瞬間が来てしまった。
  私が悪いわけじゃないのに・・・ また・・・
  怒りと悲しみがこみ上げて 母親は子に背を向けてしまった。

  こどもは「自分の目のことは、聞いちゃいけないんだ」と
  そこで悟る。
  子も 本当は、一人で抱えるには とってもつらくて 
  ・・・誰かに相談できたら、と思うけど
  親にも・・・ 友達にも・・・ いえない。



この「お母さん」にも「こども」にも 特定のモデルはいません。
でも 成人の先天性眼瞼下垂の方の話を聞くと
こういう 「母と子」の姿が浮かび上がってくることがあります。
 
もし、この「お母さん」に相談相手がいたら、
お母さんも お子さんも この物語のような悲しいことには
起きなかったのに・・・。


私が眼瞼下垂という病気を知った頃、
この病気について説明されたサイトは 今よりももっと少なくて
交流ができるようなスペースもありませんでした。
冒頭のお話のようなご家族 そしてご本人は
今よりも ずっと多かったように記憶しています。

では その世代のひとたちは、
一生 苦しみと悲しみを背負って生きてゆかなければならないのか
というと そんなことはないと思っています。

気持ちを変えるきっかけがあれば・・・
それは いつだって 遅すぎるってことは ないんです

それに気づいてもらうことは難しいかもしれないけれど
気づいてもらうために 私にもできることがあるのではないか、と
最近は考えています。

(2008/02/18 旧ブログより転載・一部編集)
posted by 大場 美津子 at 19:57 | Comment(0) | 眼瞼下垂ってなんだろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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